マンスリースピーカーイベント 8月 吉田穂波氏 × 高橋志津子氏

マンスリースピーカーイベント 8月 吉田穂波氏 × 高橋志津子氏

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8月のマンスリースピーカーイベント(8月25日開催)は「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」をテーマに、産婦人科医・医学博士・公衆衛生修士の吉田穂波氏、東洋経済新報社でマーケティング局宣伝部長を務める高橋志津子氏のお二人にご登壇いただきました。
高橋氏からは『LIFE SHIFT』が伝えるメッセージについて解説いただき、吉田氏からはそのライフシフト的な生き方や、根底にある考え方・大切にしていることなどについてインタビュー形式で伺っていきました。
 
第一部:10分間でわかるライフシフト講座
高橋氏:『LIFE SHIFT』はリンダ・グラットン氏と経済学者のアンドリュー・スコット氏の共著で、ライフシフトというメインタイトルは私たち出版社がつけました。発売以来、各地で読書会や出版会が開催され、長寿はギフト、人生をデザインするというポジティブな視点も支持されています。
『LIFE SHIFT』のメッセージは主に4点あります。

  1. 人生100年時代が到来
  2. 学ぶ、働く、定年・老後の3ステージからマルチステージへ
  3. 有形資産、無形資産(スキル、健康、ネットワークなど)の大切さ
  4. 新しい生き方への挑戦

「人生はマルチステージ時代になるという変化を見据え、有形資産、無形資産を作っていこう」というのがメインメッセージです。
 
第二部:吉田穂波氏インタビュー「私の人生はライフシフトそのもの」
高橋氏:私が吉田さんに初めてお会いしたのは2014年。出産を経て復職した女性、復職を考えている女性たちを取り上げる特集を企画しているときに紹介されたことがきっかけでした。その時から今まで印象は変わらず、少女がそのまま大人になったような、菩薩のような雰囲気を持つ方だなあと思っておりました。
 
しばらく経って、別のコンテンツを企画していた際に、読書好きの吉田さんに本のレビューを書いていただきたいと思いました。そこで、弊社の『LIFE SHIFT』を紹介したところ、既にお読みくださっていて、とても感銘を受けた本であるとおっしゃっていたのです。
そして本日、「私の人生はライフシフトそのもの」と言われる吉田さんと、このような対談の機会を持つことができて大変嬉しいです。
 
吉田氏:有難うございます。先ほどご紹介いただいたように私の経歴だけを見ると成功ばかりの人生のように思われることが多いのですが、実はその10倍くらいの失敗や挫折がありました。私としてはこれまでの失敗や挫折から学んだことの方が遥かに多かったので、今日はそちらの方をお話しできたらと思っております。
 
私もシェリル・サンドバーグの『Lean In』が大好きで、「もし怖がらなければ何ができますか?」という言葉にとても励まされてきました。恐れをなくすことはできないけれど、それを乗り越えるにはどうしたらいいのだろうか?と考えるようになったり、「はしごではなくジャングルジムのようなキャリアでいいんだ」という発想が生まれたり、いつもシェリルの言葉に力づけられてきました。
Lean In Tokyoのことも本で読んで知っていましたので、こうしてお話しできることを大変嬉しく思っております。本日はよろしくお願いいたします。
 
高橋氏:それでは吉田さんの生い立ちからライフストーリーをお伺いしようと思います。
 
吉田氏:私の弟は未熟児で生まれ、たくさんの人に命を救ってもらいました。今思えば、それがきっかけで、「命」に対する思い入れが強くなった部分があるかと思います。
 
学生時代から私は本が好きでしたが、当時は、学校でなかなか友達のグループに馴染めず、自分のつらさを紛らわすため本に没頭していました。その後、色々な人に助けられ、支えられて人の命に関わる仕事がしたいと思うようになり、医学部を卒業しました。
 
医者になってから、30を過ぎた頃に結婚し、夫の留学についてドイツへ行きました。
ドイツでは多くのことを学びました。それまで医者は病院で患者さんを待っているものだと思っていましたが、在宅訪問診療などが盛んな様子を見て、診察室で待っているだけが医者ではないことを学びました。
また、実は日本のような母子健康手帳がない国の方が多いということを知ったのも発見でした。ドイツでは妊娠中の妊婦手帳と生まれてからの子ども手帳が別の冊子になっていて、日本のようにお腹の中からこどもの時期までの健康を記録している母子健康手帳はとても貴重なものなのです。この気づきが、のちに携わる電子母子手帳の開発に繋がっています。
 
高橋氏:この頃、2年おきくらいに出産と再就職を繰り返されていたそうですが、大変でしたか?
吉田氏:大変でしたが、子ども達に本当に色々と学ばせてもらって、楽しみの方が大きかったです。
 
高橋氏:3人目のお子さんを出産されてから、2008年にハーバード公衆衛生大学院へ進学されたのですよね?

吉田氏:はい。この時は夫が子どもの世話をするためについてきてくれました。公衆衛生の勉強をするだけでなく、なぜアメリカでは出産後も女性が働き続けられるのか、その理由を探りたいと思っていました。アメリカでは保育料は一人当たり月15−20万円と非常に高額なのに、なぜ仕事を辞めず子どもを預けてそこまで頑張れるのかと同僚に聞いたら「短い時間だから、なんとか乗り越えられる。長い目線で見るとそこは頑張り時だから」という答えが返ってきました。人生を長い目で見据えた、まさに『LIFE SHIFT』の考え方にもリンクする大きな学びでした。
 
高橋氏:アメリカの女性たちの子育てやキャリアの考え方に影響されるところも大きかったのですね。その他に学びや発見はありましたか?
 
吉田氏:保育園では、子ども一人ひとりを尊重して、Communication, Collaboration, Critical Thinking, Creativityの”4C”を重視する教育スタイルをとても面白く感じました。大学院でも、アジアから来た学生は、はじめはコツコツ一人で勉強をするところがあったのですが、欧米式にみんなでコラボレーションして、いろいろな人の意見に横櫛を刺して学んでいくというスタイルを奨励されました。幼少期から大学院まで、これら”4C”が身についているのだなと実感しました。
アメリカも縦割り社会でしたが、混沌とした時代には、それらを横断的に繋げていける人材が21世紀のリーダー像になるのではないかと思います。
 
高橋氏:そして卒業の3カ月後くらいに4人目を出産されました。
吉田氏:はい。現在は一番下の子が4歳、一番上が13歳です。たくさんいると大変そうといわれますが、楽しさが大変さを上回ります。一人目の時はとにかく必死で、楽しいと思う心の余裕があまりありませんでしたが、子どもが増えれば増えるほど楽しさが増えてきました。
 
高橋氏:それでは次に、穂波さんのお話や文章から「これは心に響くなあ」というメッセージをいくつかピックアップさせていただいたので、紹介します。
自己肯定感の低下、マイナスの気持ちをポジティブな力に変えれば、自分の原動力になる。
吉田氏:結婚後、仕事に加えて妊娠・出産、子育て、とたくさん抱え始めてから、とても悔しい思いをしてきました。医師、母、家庭人、どの役割も頑張っているのに、どれも人並み以下の評価しか受けていないように感じ、「もっと認めてほしい!」「もっと感謝されたい!」「こんなに頑張っているのに!」と思っていました。
でもある時、この状況はおかしいんじゃない?誰がこの状況を変えるの?と思い始めたのです。家族も仕事も両方好きなのに、義務感や責任感のために子育て世代が生きづらさを感じていることに憤りを感じ、当事者が声をあげなければいけないと思いました。
そこで私は期限や順番を考えずに中途半端でもいいから同時並行でやってみることにしました。自分がしたいことの全部が全部できなくなったからこそやりたくなる。そんなものが見えてきました。
ワークライフバランスと言われますが、私はワークとライフのバランスを取ることができるものではないと割り切っています。完璧なところで静止することはありえないから、行ったり来たりするアンバランスの連続であることを受け止めようと思うようになりました。
 
「意に沿わない環境に押しやられたら『自分なら選択しないような道に進ませてくれた』と考えてみる」
私がハーバードを卒業したのは東日本大震災の直前でした。卒業後、国内でなかなか就職先が見つからない時だったこともあって、私はボランティアで被災地の産婦人科支援に行きました。被災地で妊婦さんや赤ちゃんがケアされていない状況にショックを受け、母子を守る仕組みづくりや心と身体のケアに打ち込めたのも、何度も被災地に通えたのも、当時、国内の病院で働いていなかったからこそです。
就活がなかなかうまく行かないな、と思いながらボランティアに全力投球していたけれど、結果的には妊婦さんを支援する現在の活動や電子母子手帳の開発事業に繋がりましたので、今では、そういう運命の巡り合わせだったのかなと思っています。
 
「仕事も子育ても、完璧を求めなくていいのでは。「受援力」の大切さを知ってほしい。」
これは災害支援の際に学んだことです。「受援力」とは他者に助けを求め、快くサポートを受け止める力のことです。
あなたは他人に頼れる方ですか?
私は、責任感が強く真面目な人ほど、もっと人の力を借りること、休むことをポジティブにとらえる必要があると思っています。頼ることは相手に対する信頼の証で、最大の承認だ、ととらえ、一人で全部やろうとせずに、人の力も借りてみてはいかがでしょうか。

 
第三部:Q&Aセッション
Q.日本では「ベビーシッターを雇っちゃいけない」みたいな風潮を感じますが、日本で感じる壁にはどのように立ち向かえばよいでしょうか?
A.世の中にはバイアス、先入観がたくさんあります。でもそれらに従うのではなく、自分に合う原理原則やルールは自分で作るという発想で生きていくと楽になると思います。
 
Q.医療の職場は男性社会なことが多いと思いますが、吉田さんがそれを優雅に生き抜いてきたTipsを教えてください。
A.確かに、私は「俺が俺が」な社会で生きていますが、その中では2つのことを心掛けています。
①雑用も断らないこと…何事も快く引き受け、細く長い関係を作っておくことを意識しています。
②一対一の場を作ること…集団だと手強い相手でも、意外と一対一で対話してみると入り込めるところがあったりします。
 
Q.5年前に子どもを出産してどう仕事を続けていけばいいか悩んでいた時に、吉田さんの本に勇気付けられました。どうやって数々の失敗や恐れと向き合ってこられたのでしょうか。
A.失敗したときには、ここから何を学ぶか、這い上がる時に何を掴むかを考えるようにしています。失敗の中でも上手くいったことは何か、学んだことは何かを考えるなど、前向きな発想が大事だと思います。
また、自分の失敗をいろいろな人にシェアしてしまうことも多いです。案外、自分から体験を発信すると、もっといい情報や優れたアドバイスが集まってくるものです。ぜひ、「失敗は味方」だと思ってください。
 
Q.自分はパートナーの子育てやキャリアの両立を支えたいと思っています。パートナーはどんな方で、どのようなサポートをしてくれたのか教えて下さい。
A.夫も医師です。「出逢いがないな、結婚するのはもう無理かな」と思っていた30歳くらいの時に出会い、すぐに結婚。夫のドイツ留学は半分新婚旅行のような気持ちで私がついて行きましたが、私が35歳でハーバードに留学すると決めた時、「前回はついてきてくれたから今度は僕がついていくよ。代わりにちゃんと奨学金はとってね」という温かい姿勢でいてくれたのは本当にありがたかったです。
夫との協力関係は、自分が教育したわけではなく、何年もかけて出来てきました。あえて言えば毎日10回も20回もありがとうと伝えるようにして、感謝の気持ちを忘れないことでしょうか。
 
Q.自分は男性社会の会社で見下されないようにしなきゃなど気張っているところがあります。でも吉田さんはとても女性らしく優雅な印象を受けます。女性だから良かったと思ったことはありますか?
A.女性だから得をしたことはいっぱいあると思います。

  • 女性の方が図太く、リフレッシュするのが得意なこと。
  • 女性は話して発散できること。

幼稚園の送り迎えでも男性は送り迎えだけで終了、ととらえる一方で、女性は必ず情報交換をしたりコミュニケーションをとったりしています。

  • 相手を居心地良くしようと思っている人が多いように思うこと。

例えば職場でお土産を配るなど、相手の心を察知し、やわらげる力がある。女性は「卵を守る」「他者を尊ぶ」ことがDNAに入っていて、そのような能力が長けているのではないかと思います。

 
最後にメッセージをお願いします。
女性活躍を実現するためには女性を男性と同じポジションにあげるAffirmative Actionだけではなく、自分が支えられる環境があるからこそ活躍できるのではないかと思っています。Lean Inでいう「サポートグループ」のように、頼り合える人間関係を含めた環境を整えることが女性活躍の推進力になるのではないかと思います。
ここでお会いできたのも何かのご縁ですので、私にできることがあればいつでもお声掛けいただけると嬉しいです。本日はありがとうございました。

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